ロングインタビュー|成尾雅貴(S49卒)|熊本大学教育学部附属中学校 東京同窓会

成尾雅貴インタビュー

様々な業界で活躍されている熊大附属中学出身者をご紹介していくコーナー! 第6回は、熊本県東京事務所次長の成尾雅貴さん(S49卒)です。あの!「くまモン」の「育ての親」として、くまもとブランドの構築に貢献されておられます。ご活躍の成尾さんに、くまモンの成功ストーリーや気になる今後、そしてご自身の附中時代の思い出など、貴重なお話を伺いました。

成尾雅貴(なるおまさたか)

熊本県東京事務所次長。1958年熊本市生まれ。濟々黌高校、早稲田大学法学部卒業。1982年4月、熊本県職員となる。1987年、八代事務所税務課勤務時に「税を知る週間」の企画案が採用され、キャンペーンソング「忘れないで」で作詞家としてレコードデビューを果たす(プレスは100枚のみ)。1988年4月から1年間、株式会社電通にて派遣研修。1997年4月から2001年3月まで、天草空港と天草エアラインの同時立ち上げと天草空港の運営に携わる(その時の経緯については、サンデー毎日で「島のエアライン」(黒木亮著)として現在連載中)。2001年4月から2003年3月まで、「くまもと県民交流館パレア」の立ち上げと同館の「NPO・ボランティア協働センター」の運営に従事。2008年4月から2010年3月まで、熊本県大阪事務所勤務。2010年4月から2016年3月まで、くまもとブランド推進課に審議員、課長として述べ5年間勤務し(間で1年間地域振興課勤務)、くまモンと共に、蒲島県政が目指す「県民の幸福量の最大化」の一翼を担う。2013年3月、くまモンの誕生から三年間の出来事をまとめた「くまモンの秘密」が幻冬舎新書から出版される(この本は、今年5月「酷MA萌的秘密」として中国で翻訳され出版されている)。2016年4月から現職。

成尾先輩は、くまモンの「育ての親」と呼ばれておられます。まず、くまモンとの「出会い」を教えていただけますか?
成尾きっかけは、2010年の熊本県庁の人事異動で「くまもとブランド推進課」勤務になったことです。当時は、1年後に迫った九州新幹線全線開業に向けて「関西」で熊本県の認知度を上げることが大きなミッションでした。活躍が期待されたのが、誕生したばかりのくまモン。私は関西担当。ちょうど大阪事務所から戻ったばかりでした。そこから付き合いが始まりました。関西でのくまモンの活動を記録として残すため、お手製の冊子にまとめましたが、それを、くまモンの「生みの親」の小山薫堂さんに渡したところ「本にして出版しましょう」というサプライズな展開になってしまいました。組織としての活動ですから、もちろん著者名は「熊本県庁チームくまモン」でしたが、出版直後に私が課長になったことから、様々な取材の矢面に立たされることになった次第です。ですから「育ての親」は大勢いて、私はそのうちの一人に過ぎません。

くまモンは、もはや一過性のブームではなく、認知度が国内外で高まり続けています。「育ての親」のおひとりとして、どのようにお感じですか?
成尾私たちから見てもすごいですよね。県庁職員は、外から見ればお堅いイメージがあるかもしれませんが「県民のために」という「志」は誰もが持っていると自負しています。 また、上司にあたる蒲島知事が、就任当時からの「皿を割れ」という表現で、職員に「失敗を恐れずに挑戦しろ」と言ってくれていることは本当にありがたいですね。 知事が、くまモンをどこにでも連れて行き、県職員も「部長」として仕え、県民の皆さんも盛り立て、「本人」もそれに応え頑張る。くまモンは、まさに熊本県の「救世主」。天からの授かりものだと思っています。

お話から、くまモンへの「愛」が伝わってきます。
成尾そうですよ。だって、普段やれないことをやれるのですから。最近、くまモンが「ドラえもん」のように思えてくることがあるんですよ。自分はのび太。自分ひとりじゃ何もできないけど、ドラえもん(=くまモン)がいると実現してくれるでしょ。

去年、東京に異動されたそうですが、くまモンとの関係は変わりませんか?
成尾くまモンの東京での活動は、東京事務所である程度コントロールしています。去年12月、くまモンは、蒲島知事に連れられて、熊本地震のお見舞いと義援金を届けていただいたお礼のため、駐日中国大使及び駐日米国大使という大国の2国に同日表敬訪問しました。午前は駐日中国大使館の程永華大使を訪問。程大使は熊本地震発生後すぐに熊本県に駆けつけお見舞いと義援金を届けていただきまして感謝のお礼を申し上げました。午後は駐日米国大使公邸を訪問しご支援へのお礼を兼ねたケネディ大使(当時)との対談。 1日のうちに、2大国の駐日大使に会えるキャラクターっていないでしょう?両大使とも、くまモンとの対面をとても喜んでくださいました。 また、今年の2月にはこんなこともありました。アメリカ大使公邸でのケネディ大使(当時)のフェアウェル・パーティーです。各国の大使館をはじめ、岸田外相や小池東京都知事ら錚々たる方々が招かれました。ほどなく始まったケネディ大使の挨拶で、日本側の来賓として3番目に「Government of KUMAMOTO」と紹介されたのが、くまモンでした。大使と蒲島知事がハーバード大学の同窓生という関係もありました。出席できない知事に代わり、くまモンを招くという粋な計らいでした。ドリンクバーコーナーには、バーボンや米国製ビールと並んで、白岳の「くまモンラベル」も置いてあり、びっくりしました。

くまモンは、附属中の東京同窓会でも欠かせない存在ですね。
成尾くまモンが少しでも東京同窓会の役に立てれば、私としてもうれしい限りですが、逆に、この同窓会が縁で、くまモンに貴重な経験をさせていただいたこともあります。

どんな経験ですか?
成尾去年の12月30日に東京証券取引所で開催された大納会です。サプライズゲストとして、くまモンが参加しました。実は、これが決まったのは、去年10月の東京同窓会の会場だったのです。その場には、東京証券取引所の元代表で、日本取引所グループの取締役兼執行役グループCEOもされた斉藤惇先輩(現在は、KKRジャパン会長)が来られていました。私にとっては、中高の大先輩で、雲の上の存在です。でも、守田事務局長に仲介していただき、私から思い切って、お願いをいたしました。経済界の皆さまには、熊本地震のあと、多大なご支援をいただいていましたから、そのお礼を、東証大納会で、くまモンにさせていただけないかというお願いです。突然の申し出だったわけですが、斉藤先輩は「いいですね。是非実現しましょう」と、なんと二つ返事で承諾くださったのです。後日、すぐにメールがあり「広報担当の役員に連絡を入れておいたから」とつないでくださいました。その足で、伺ったところ、あっさりと、くまモンの大納会への参加が正式決定しました。附属中の同窓会があったおかげだと感謝しています。

くまモンの関連商品の年間売上高は、2016年、過去最高の1280億円に達しました。東京でも「くまモン効果」をお感じになりますか?
成尾東京でも、くまモンのキーホルダーをつけている女性を見かけることがあります。ミッキーマウスやキティと同じような「キャラクター」として扱われていることに「すごいな」と、正直、思います。ただ、関連商品の売り上げが伸びているのは、あくまで一面であって、もっと大切なことは、くまモンに関わるすべての人が「幸せ」になることだと思っています。

「幸せ」ですか?
成尾熊本地震のあと、東京で、通勤途中、あるオフィスの窓に、外に向けたくまモンのぬいぐるみを見つけ、感激したことがあります。「熊本に寄り添う」というメッセージとしてのありがたさですね。くまモンは、地震を経て「熊本の象徴」になったと思っています。くまモンに「頑張れ」って言うことは、熊本県の皆さんへのエールになるじゃないですか。そして、くまモンは、被災地のキャラクターとして、今後、どこかで災害が起きた時に、相手の思いを共感できる、とても寄り添いやすい存在になった。熊本をPRすることとは別の役割を与えられたのだと思います。くまモンのイラストが入った救援物資が避難所に届いて、それでその場が和むのであれば、これもくまモンの役割ではないでしょうか。蒲島県政が目指しているのは「県民の総幸福量の最大化」なんですね。小山薫堂さんが提唱した「くまもとサプライズ」もまたどう人を喜ばせるか、幸せな気持ちにするかということを考えようということです。東京で暮らす熊本出身の皆さんもくまモンの存在に幸せを感じておられるのではないでしょうか。

くまモンからいったん離れ、成尾先輩の附中時代の話を伺います。どのような理由で入学されたのですか?
成尾私は、幼稚園からずっと附属でした。と言うと「さぞ、教育熱心な両親だ」と思われるかもしれません。ところが、実は、両親が幼稚園に入園させるのを忘れていたらしいのです。わが家は両親共に長男長女で、私も兄弟の中で一番上だったので、周りに幼稚園の情報を持っている人がおらず、気づいたら、附属幼稚園以外の幼稚園の募集は締め切られていて、ここを逃すともう1年待たなければならないという状況だったそうです。この話、だいぶ経ってから母に聞きました。「なーんだ!」って返したのをおぼえています。

どんな中学生でしたか?
成尾勉強はだめ。本がすごく好きで、いつも本ばかり読んでいました。1年生の時の担任の国語の規久川先生の影響です。パール・バックの「大地」、ドストエフスキーの「罪と罰」、ヘルマン・ヘッセの詩集、高村光太郎の「智恵子抄」などもこのころに読んでいますから、結構ませていたのかもしれません。児童文学の後藤竜二を追いかけていたり、やなせたかしが責任編集の月刊誌「詩とメルヘン」を読んでいたりしたので、母親からは「夢見る夢男」と言われていましたね。2年、3年の時の担任は理科の藤本先生でした。先生の影響なのか、気象情報を伝えるラジオ番組に、2か月間毎晩かじりつき、日本地図に各地の天気や風速、風向、等圧線などを書き込むことを続けたことがあります。ハマるだけハマって、さっと抜ける。身近な方に影響を受けやすい子だったのかもしれません。また「新聞係」として、毎週「学級新聞」をガリ版で出していました。タイトルは「赤誠(セキセイ)」です。2組でしたので、何か赤にまつわる単語はないかと、友人と辞書を調べて決めました。中体連など、自転車で結構あっちこっち行きまくって取材していましたね。当時の学級新聞、もう一度見てみたいですねえ。探しているのですが・・・。

中学生のころの夢を教えてください。
成尾それが覚えていないんですよ。夢なんて持っていなかったのか、そんな先のことなんて考えてなかったのか。でも、夢想家ではあったと思います。実は、今もって、この世の人間だとは思っていないのですよ(笑)。別の世界から遣わされて、何らかのミッションの一翼を担っていると。でも、その「何らか」が思い出せないという感じです。中学の時から、1枚の絵でも、1曲でも、ささやかでいいので、この世に生きた証みたいなことを残せたらいいなという思いはありました。歌は苦手でした。クラスメイトに現在オペラ歌手でご活躍の佐々木典子さんがいらっしゃいますが、彼女から「ダメ出し」されていました(笑)

附中の同級生とは、今でも交流がありますか?
成尾これまで先ばかり見て、あまり過去を振り返らずに過ごしてきたのですが、東京に来て、熊本地震があったこともあり、天津くんを始めとする同級生に声をかけられ、今年、久しぶりに熊本で学年同窓会をしました。94人も集まりました。おかげで、旧交を温めることができましたし、その準備や反省会で集まることが増えました。 また、同級生ではありませんが、現在、東京で、ヴァイオリニスト、パフォーマンス・アーティストとして活躍されている太田惠資先輩と、数年前、涙の再会をはたしました。本当にうれしかったですね。太田さんは、高校の先輩でもあります。昔からヴァイオリンをずっとされていましたが、音楽だけでなく、漫画も上手いし、体育委員長でもありました。当時から大変魅力的な方で、彼は私の理想の男性で、今もって憧れです。東京に出てきたこともあり、コンサート会場にもっと足を運びたいと思っています。

くまモンの話に戻りますが、これからの目標についてお聞かせください。
成尾世界征服ですかね(笑)。でも、裏付けがあります。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて日本全体が動いている中で、その前年の2019年、熊本は、ラグビーワールドカップの会場のひとつであり、女子ハンドボール世界選手権の単独開催地でもあります。海外に熊本を発信するまたとない機会なのです。その熊本のキャラクターとして、くまモンの活躍の場が広がれば良いと思います。タイでは、自治体が「くまモンに学べ」と「ゆるキャラ」作りに精を出していると聞きますし、今や、国内だけではなく、海外でも「ゆるキャラ」が地方活性化の一つのツールとなっています。今年はフランス観光親善大使にも任命されましたし、世界を駆け抜けますよ。ご期待ください。ただ、くまモンの活動は、お金もうけが目的となってはいけません。そこは商業ベースのキャラクターとは一線を画したいです。

くまモンの「ライセンスフリー」は変わらないのでしょうか?
成尾そこが、課題ですね。海外では偽物がすごく横行していまして、この偽物対策には当然お金が必要です。でも、そのお金を熊本県民の皆さんの税金で持ち出すというわけにはいかないでしょう? どうすればいいのかというのは、今の担当者も悩んでいるところだと思います。

これからやってみたいことはありますか?
成尾これは「夢想家成尾」の個人的な思いなのですが、世界の子どもたちのために「くまモン基金」ができればと。くまモンは子どもですから、世界の子どもの役に立てないかなあと。それぞれの国で、くまモンを使った事業で得た利益の一部でも使って、その国の食事が取れない子どもや学校に通えない子どものために役立てる制度ができないものかと思っています。

附中のOB・OGへのメッセージをお願いします。
成尾くまモンは、自然にここまで成長してきたわけではありません。くまモンを愛してくださった多くの皆さんによって成長してきました。これから生き残れるかどうかも皆さんにかかっています。熊本人って飽きやすいでしょう?(笑) 是非、これからもくまモンを大事にかわいがってほしいです。行政の担当職員がどれだけ頑張っても、皆さんに支えていただかないと育ちません。皆さんが飽きた時が、くまモンが衰退していく時期なのだろうと思います。末長く、くまモンを愛して、育てていただきたいと願います。

東京など、県外から熊本のためにできることについて、アドバイスをいただけますか?
成尾くまモン自身だけでなく、くまモンがついている商品というのは、何らかの形で、熊本に関係する商品です。特に、食べ物は、熊本県産の食材を使い、熊本県内で製造されたものに限定していますので、同じものを選ぶ時には、くまモンを目印にしていただくと、それが、熊本への貢献に繋がっていくことになります。

最後に、これからの日本の未来を担う現役の附中生へ、一言お願いします。
成尾「へそ曲がりたれ!」という言葉を贈ります。私自身がそうなのですが、みんなが右と言った時に自分は左と言うとか、多くの人がしていることに背を向けてほかのことに関心を寄せるとか、皆の意見に同調しないで、それでいいの? と一旦、疑ってほしいですね。くまモンの成長に関わりながら、しみじみと「人生に無駄はない」と思うようになりました。挫折も含め、必ずそれが糧になる時が来ると、この年になって実感しています。

公開日:2017.10.12

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